Primal Heart
クレーンからぬいぐるみがこぼれ落ちた。
「また失敗……」
僕はニンジンのぬいぐるみを片手に持ちながら、深いため息をついて落胆した。
一勝九敗。
ここは、ゲームセンターの片隅にあるぬいぐるみキャッチャーの前。
何か楽しいことでもないかと思って、この日曜、わざわざ足を運んでみたのだが……、やっぱりつまらなかった。
金だけが財布から飛んでゆく、それだけ。
「帰るか……」
その場から立ち去ろうとした、その時だった。
「あ、近野君」
一人の女の子が、僕に語りかけてきた。
天田泉（あまだいずみ）……、僕の同級生の女の子だ。
「何やってるの？」
「……いや、さっきまで、このキャッチャーで遊んでたんだ」
「へえ……」
彼女は、キャッチャー内部のぬいぐるみの山を見つめた。
「わあ……、ニンジンのぬいぐるみがいっぱい……」
即座に財布の中から五百円硬貨を取り出す。
「ふふっ、わたし、これ得意なんだよ」
そして、キャッチャーのコンパネの前に立ち、五百円を投入した。五百円なら五回勝負することができる。
「いっぱい取れたら、一個あげるね」
軽快なＢＧＭと共に、ゲームが始まる。
一戦目開始。
「……うん、いい感じ、いい感じ……」
僕は、キャッチャーに興じている彼女の姿を横から見る。
泉の肌は真っ白だったが、彼女から弱々しい印象は受けず、その表情は常に明るくて、活発さに満ちている。彼女の短く切った髪は、その活発なイメージを強調していた。
「いい感じ、いい感……、あれ？」
一敗。
「まあ、さっきのは運が悪かったのよ。今度こそ……」
二戦目
「……はりゃ？」
二敗。
「あ、あはは……、調子悪いなー……」
三戦目。
「……あう」
三敗。
結局、五戦全敗。
「……」
泉は気まずそうに、キャッチャーの中身と僕とを交互に見た後、腰に両手を置いてふんぞり返り、
「まあ、今日はこのぐらいにしておいてあげる。フフン」
「このぐらいって……」
「う、うーっ……」
汗の粒を一粒流し、実に悔しそうな顔をする。
「あーあ、こんな筈じゃなかったんだけどなー」
その顔はやがて落胆へと変わり、
「せっかく、うちにあるウサちゃんとペアにしたかったのに……」
じつに物欲しそうな目つきで、ぬいぐるみの中身を見つめる。
僕は、そんな彼女に、
「……ほら、あげるよ」
手の中のぬいぐるみを差し出した。
驚いて、こちらを向く泉。
「え？ ……いいの？」
「うん。どうせいらないし」
彼女は、そのニンジンのぬいぐるみを受け取った。
「可愛い……」
両手で持ちながら色々と角度を変えて、いとおしそうに眺めてゆく。
「ありがとうね、近野君」
「うん……」
「ぷにぷにふわふわしてる。ほんとに可愛いよー」
その時、
「いずみー、そろそろ行くよー！」
店の入り口に立っている彼女の友達の呼び声が聞こえた。
「あ、うん！ 今行くよ」
そして泉は、
「それじゃ、わたし行くから。ぬいぐるみ、ありがとう」
と、もう一度僕にお礼を言うと、友達の元へと走り去っていった。
すぐに忘れてしまった、ほんの小さな出来事。
いつの事だったのか、今でも思い出せない。
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